滑落の恐怖
2回の雪山での滑落
人前では山登りのベテランのような顔をして、偉そうに「必要な装備は・・・」
とか語っているのですが、山での失敗経験は数え切れません。
特に単独で登っていた時代は、毎回が装備忘れや道迷いや
ペース配分間違いでのバテの連続でした。
数多ある失敗の中でも今から振り返っても肌に粟のたつのは、2回の雪山での滑落です。
最初の滑落はまだ札幌で勤め人をしていた時代、
ゴールデンウィークの札幌岳(1293m)に一人で出かけた時です。
このときはなんとアイゼン(登山靴に縛り付けて使う金属製の爪)を忘れ、
しばらく雪の中を登った後、これ以上は無理と判断して、戻る道の途中で起きました。
ゴールデンウィークの雪山は、表面が溶ける凍るを繰り返し、
硬くなっていたのですが、その斜面でちょっと油断して滑ったら、そのまま止まらなくなって、
崖の淵まで転がって、最後崖から突き出した樹林の枝にリュックザックが引っかかって
転落を免れたのでした。
なんとか枝にしがみついて下を見ると、足の下は50mほどの絶壁で、
落ちていたらもちろん即死でした。
しばらく手足が震えて力が入らず、そのまま10分ほどじっとしていました。
なんとか枝を折らないようにそろりそろりと這い登って崖上に立ち、
生還することができました。
2回目の滑落はその4年後。
同じゴールデンウイークに新潟の雪山(守門岳1537m)に単独で入ったときです。
その頃は会社を立ち上げて間もなく、忙しくて日ごろは山登りはおろか、
トレーニングもできていませんでした。
登り始めてしばらくすると思うように前に進めなくなり、
休み休み登って最初の前山ピークに着いた頃は予定を1時間以上上回っていました。
そのままでは日帰りで頂上を目指すことは難しそうです。
ここでそのまま来た道を引き返せばよいものを、
何を血迷ったか沢沿いに短時間で下りられるような気がして、
下ってしまったのです。
ザイルやハーケンなど特別な装備がない限り、
道のない沢沿いに下るというのは、絶対やってはいけないことなのです。
案の定30分ほど下ると、断崖が繰り返し現れ、行く手を阻み続けます。
そこを無理してさらに下り、雪塊が沢の上をふさいでいるところの斜面を通過中に
つかんでいた枝が折れて、まっすぐ下に落ちました。
そこはちょうど斜面と雪塊の間のクレパス(裂け目)の中で、
どんと尻から落ちて痛みをこらえていると、
すぐに雪塊の下の沢水が身体にしぶきのようにかかってきます。
ここにこれ以上いるとしぶきで身体が冷えて低体温症になります。
立ち上がると身体中痛みますが、骨折はしていないようなので、
そのクレパスから脱出しようと何回か試みます。
しかし足をかける足場が滑ってうまく体を上げることができません。
身体は徐々に冷えてきて死の恐怖が喉元までせり上がってきました。
その時リュックの中にロープ20mくらい持参していたことを思い出しました。
それを取り出し端に輪を作ってクレパスの底から上に張り出している枝に何回か投げ、
幸運なことに体重をかけられるくらいの枝に引っ掛けることができ、
何とか脱出することができました。
そこからはもう一度雪の壁を、2時間かけて登り返しました。
人の踏み後にであった頃は、そろそろ日が落ちはじめ、
ヘッドランプの明かりを頼りに、登山口にたどり着いた頃にはもう真っ暗闇でした。